妙なる囁きに 耳を澄ませば
        
  〜音で10のお題より

 “聞きなれた声"



この夏は凄まじいまでの酷暑のみならず、
それにより生じた急激な上昇気流が原因の、
激しい雷雨に悩まされた地域も多かったようで。
先週の末、列島を洗うほどもの大雨が訪れ、
多大な被害が出た土地もあったものの、
せめてもの置き土産ということか、
炎暑の原因、蒸し蒸しする気団を根こそぎ持ってってくれて、
ああ秋めいたねという涼しさに一息つけたのも束の間。
またぞろ蒸し暑さがじわじわと復活しつつあったその上、
今度は 秋雨前線直撃の台風までやって来るとかで。

 『防災の日を前に、何とも困った巡り合わせだねぇ。』

我らが立川の聖地である松田ハイツは、
さすがに築浅とは言いがたいが、
それなり補修営繕も定期的にしっかりなされており。
都内ではもはや日常現象の微細地震にも軋まず、
多少の雨では雨漏りもしない優良物件だが。
それでも、一応はの念のため、
この夏は尋常ではない頻度で
途轍もない大雨も多かったことだしということで、
屋根と排水のダブル点検が入ることとなった。

 『勿論、こういうのは大家の管理責任領分だからね。』

危険な作業でもあるので、手を貸せの手伝えのとは言われなんだが、
二階の部屋は、陽のある間中、頭の上をごそごそされることとなり落ち着けぬかも。

 「廊下でも、脚立をかけたり、やたら人が出入りしたりで
  騒がしいかもしれないけれど我慢してって。」

お買い物から戻ったところを呼び止められ、
松田さんから明日の予定としてそんな話を直接聞いたと。
トートバッグを肩から降ろしつつ、
こちらはお留守番をしていたイエスへ一通りを説明するブッダであり。

 「我慢どころか、ありがたい話だよね。
  騒がしいくらいなら、どこかで時間を潰してくればいいんだし。」

 「……。(頷)」

生鮮食品は冷蔵庫、売り出しだったパン粉や醤油は流し台の下の戸棚へ、
まだ結構な数が居並ぶイエスのパンを避けて収納し。
都指定のポリ袋や衣料用洗剤の詰め替えパックは、
トイレの中のドア上へ、
イエスが頑張ってコンパネの端材とL字金具で取り付けてくれた
小ぶりの釣り棚へ置いての、さて。

 「…まだ出にくい? 声。」
 「………。(頷、頷)」

先程も言ったように、あくまでもブッダはイエスと会話しており、
イエスも随分な寝坊を放って置かれている訳ではなくの、
ちゃんと目覚めた状態で、
いつものTシャツにGパン姿で卓袱台の傍らにちょこりと座しておいで。
ただ、いつになく どこか元気が無さそうではあり、
何と言ってもさっきから一言も言葉を発しておらずで。

 「……………?」
 「ん? なぁに?」

口を開いて何か言ったようなのだが、
二、三語言いかけ、すぐにも緩くした拳を口元へあてがい、
ふいと辞めてしまう彼なのへ。
ブッダが聡くも気がついたそのまま、
キッチン前から急いですぐ傍まで足を運んで差し上げる。
すぐの隣へ腰を下ろしつつ、耳を近づけ“なぁに?”と促すと、

 「…明日って、早い時間から、なのかな?」
 「えっと、確か10時頃からって言ってらしたよ?」

だから気張って早起きしなくても大丈夫、と。
彼が何を案じたかも読んだ上で、
安心してと笑ったブッダへ うんと頷いたイエスだったが。
たったこれだけのフレーズを、
先程は 出だしの“明日って”だけで諦めた彼だったのは。
今朝からずっと、
咳の出来損ないのような、
掠れた声しか出せない身となっていたからに他ならず。
ブッダの返事へ“そうなの”と納得したらしかったものの、

 「………。」

声が出しにくいというのは本人にもなかなか億劫なものであるらしく。
はぁあと肩を落として口を噤んでしまうイエスは、
いかにも元気がなくって、ブッダにしてみても何とも見るに忍びない。
それほど、のべつ幕無しにお喋りな彼でもなかったが、
こうして二人向かい合っていれば
何かしら思うところとか言葉を交わし会うのが、
そこに空気があるように当たり前なことだっただけに、

 「……。」
 「ん? なぁに?」

何の気なしのやりとりだから、
気安く言えることというのは結構あって。
というか、日常会話というのはそういうものが大半なのであり。
わざわざ“お聞きしましょう さあどうぞ”と構えられると
そうまでして言うのもなあと鼻白んでしまうもの。
イエスもそうまでされて言うほどのことでもなかったか、
はあと肩を落とすと何でもないとゆるゆるかぶりを振ってから、

 《 ねえねえ、こっちで話しちゃダメ?》

さすがに焦れたか、
彼らにのみ通じる“心の声”で話しかけてみたものの、

 「ダメだよ、イエス。」

此処までは、
なかなかに甲斐甲斐しくも優しい応対をしておいでだったはずな、
ブッダ様からのお返事は…意外にも素っ気ない代物で。

 「神通力は秘術でしょう? 緊急事態でしか使ってはダメ。」

そう。そもそも人ならぬ力というのは、
祝福の福音、幸いなる奇跡であっても、
そうそう滅多矢鱈と行使してはいけないとされており。
神からの授かり物ではなくの、修行で得たものだって そこは同じ。
目撃した人々から、
そんな力があるのならと何でもかんでもへ頼られた挙句、
最悪、人としての勤勉を見失うことに成りかねぬ。
とはいえ、

 《 これだって立派に緊急事態だと思うんだけど…。》

他に誰かがいるでない此処でだけなんだし、
不便だし困ってるのだしと続けるイエスへ。
そんな不平が聞こえた途端に、

 「違うでしょ?」

言いようは穏やかながら、
ややきりりと尖ったお顔とお声になったブッダだったため、

 「…っ!!」

あわわ仏顔が減った減ったと
神の和子様、背条を延ばして判りやすくも震え上がってしまう辺り…。


  ―― 双方とも、こうなったことへの“心当たり”はあるらしい。


先程のイエスの態度の真似ではないが、
ブッダもまた、
やさしい稜線を描く、頼もしき導きの双肩を落とすと
はぁあと遣る瀬ないという吐息をついて見せ、

 「本当にビックリしたんだからね? 今朝は。」
 「〜〜〜。(謝、謝)」

ただ怒ってるわけじゃないんだからと言い立てるブッダへ、
ごめんねごめんねと、
ただただ手を合わせて拝んでしまうイエスなところから察するに。
またぞろ、彼のやらかした何かが原因ならしく。


  ……懲りないねぇ、ヨシュア様。




     ◇◇



  コトの起こりは…数時間ほど逆上った、今朝早くの同じこの部屋。

窓の外が明るむとともに、
先に起き出しての まずはのジョギングへと出掛け、
いつものごとく、なかなか起きない彼をゆるゆる揺さぶった手を、
布団の中から延ばされた熱い手でぎゅうと掴まれたおりは。

  あああ、イエスのカッコいい手がこんな無体を////////、と

朝っぱらから
ただならぬドキドキに襲われたブッダ様だったらしかったものが、(おいおい)

 「起きて、るから、布団、蒸しは、勘弁して。」
 「………イエス?」

夏掛けの陰から顔を出したのは、
大好きな人(と書いてダーリンと読む)イエスに間違いないものの、
甘い気分を醸しかかったのも、
誰がそんな呼び方してますかという憤怒も、ほんの一瞬で雲散霧消。

 「どどど、どうしたのその声っ!」

ブッダはブッダで、
付き合いの長いアナンダや梵天氏でもまずは聞いた覚えはなかったろう、
開祖としての後づけの…ではない、自前のそれ、
いつもの伸びやかな美声からは想像も出来ぬよな、
喉が裏返るような金切り声を出していたほどであり。

 「一体、どうしたのっ。」

日頃の元気さ闊達さや、病知らずな彼を重々心得ておればこそ、
一体、どんな苦難に襲われたかと、ブッダが仰天したのも無理はなく。
慌てた彼からも“ほら起きて”の手を延べられたのへ支えられてのこと、
布団の上へ むくりと身を起こしたイエスによれば。
熱もなければ喉が痛むということもないというので、
風邪や気管支の病というのでもなさそうだし、

 「そういうのだったら、君って勝手に治るんだよね?」
 「……。(頷、頷)」

普通一般の病気はまずは寄り付かないし、
多少の怪我なら“神の血”が素早い再生を行うらしくて、

 「あ・でも、汗疹は順当な治り方をしたから。」

それくらい軽微な症状だってことかなと。(『天花粉』参照)
コトの経緯とそれへ添う道理を追うという堅実な手段にて、
現状打破の糸口を探ろうとする、ブッダの頼もしい聡明さへ、

 「……vv」

切れ長の眸を大きく見張り、うんうんと大きく頷いた辺り、
凄いっ、さすがだハニーvvと、胸中にて唸ったのは見え見え。
そんなイエスだったのへ、

 「〜〜〜〜だから。/////////」

福耳の先まで真っ赤になりつつ
そんな場合じゃないでしょと、照れ隠しに詰め寄ってる辺り。
もはや神通力での“伝心”なんて要らないほどの、
堅い絆が培われてもいるようですが。(笑)
ただ、

 「…………あれ?」

詰め寄るほども近づいたことで、
イエスからふわりと香った匂いがあって。
日頃もテンションが上がると冠の深紅のバラが咲き乱れる彼のこと、
その身には馨しいバラの香りがほのかに染みついているのだが。

 「〜〜〜♪」

知らぬ顔を気取ったか、
そっぽを向いての、鳴らぬ口笛を懸命に吹く真似をするヨシュア様なのへ。

 「…イエス、ちょっと口を開けて中を見せてくれない?」
 《 ブッダったら、何て大胆なことをっ!》
 「い〜いから見せなさい。////////」←あっ
(笑)

常の含羞みもどこへやら(微妙だったけど)、
お母さんモードの頼もしさにて、
肩に手を置いたブッダ様が ぐらんぐらんとそのまま何度か揺すぶれば。
釈迦如来の厳かな後光に照らされては敵わぬか、
イエスの頭頂辺りからしゅんっと真上に飛び上がり、
ひらひらひらんと宙を左右に泳ぎつつ落ちて来た、小さな紙切れが1枚。

 「これって“代替の札”じゃないか。」
 「〜〜〜っ。(ああんっ)」

何かを一定期間“封じる”ことを代替にして、
ひょいとは叶わぬお願いを、叶えてもらう まじないの札。
人間の世界で言う、お茶絶ちや塩断ちというのの天界Ver.みたいなもので。

 「こんな子供だましなものを…。」

しかもしかも、

 「他でもない神の子が、
  神の言葉を布教するのに大事な“声”を
  質入れするなんて何てことを。」

 《 質入れとは人聞きの悪い。》

濡れ衣ですと胸を張っての主張によれば、
何も 何かを叶えてほしくてと
我から貼ったんじゃないというのがイエスの言い分であり。

 「…じゃあ、何でまた。」
 《 うん、それがね…。》

イエスが毎晩のように参戦しているネトゲの中で、
今ちょうど、期間限定のイベントが開催されており。
イエスとそのお友達、ネトゲ聖人チームでは、
その特別なクエストを達成するのが一番遅かった者への罰ゲームを、
あくまでも“ノリ”で設けたのだが、それというのが“これ”だったらしく。

 「天界関係者が
  “人魚姫ごっこ”なんかするもんじゃありませんっ
 《 ごもっとも…。》

ちなみに、何を代替にするかを決めたのは、
一等早くにクエストを達成出来たペトロだったそうで。

 《 まさか私が喰らってしまうとは思わなかったそうだけど。》

だからと言って取り消しのご破算にしましょうとも言わなんだのは、
絶対に“面白いことになるだろう”と見越したからに違いなく。

 「単なるおまじない、
  一日限定のプチ苦行みたいなものだとはいえ、
  それなりの効果はちゃんとあるんだから。」

 《 うん、私もびっくりしたよ。》

それこそ、私の神通力で えいってすれば、解ける程度かと思ってたのにね。
朝起きて本当に声が出ないんだもの、驚いたのなんの。

 「それで、まずは…起きたって伝えないと、
  私に布団蒸しにされるかも知れぬと真っ先に恐れたんだね。」

 《 う……。》

そうか、そんな程度の信用かと、
何だか別口の火種も掘り起こされそうになったのへ、

 《 でで、でも、ブッダってば凄いね。
   これって貼った人にしか剥がせないってペトロは言ってたのに。》

それより何より、
外から見えるものでなし、何でこの札のせいって判ったの?と。
子犬みたいに小首を傾げて不思議がるイエス様だったのへ、

 「そりゃあ判るサ。」

一気に拍子抜けしたせいか、
それとも、隠しておくほどのことでなしという大人の判断からか。
畳の上へ落ちた札を拾いあげつつ、ブッダがさらりと口にしたのは、

 「これって浄土(ウチ)の土産物だもの。」
 《 …え?》

白檀の香りが染ませてあるしと、事もなげに仰せであり。

 「ほら、イエスもこないだ聞いたんでしょう?
  天乃国に新しいアンテナショップが出来たって。
  それって浄土界の特産品のショップなんだって。
  だから、この札も5枚セットのが並んでるはずだよ?」

そうか、だから苦行ものなんだね、
しかも悲願が叶うどうかは心掛け次第なんて曖昧に記しつつ、
封じの効果の方はめきめきと効いてるんだね、と。
イエスも怪訝に思ってたところを紐解いてもらったその上で、

 《 浄土人たちの遊び心って、私やっぱり よく判らない。》
 「そぉお?」

ともあれ。
せっかくの効果なんだし、私を驚かせた罰もかねて、

 「札の効果が解けるまで、そのままの声でいなさいね。」
 《 そんなぁ。》
 「伝心もなし。」
 「……。(ううう…。)」




     ◇◇



そんなこんなの、
それこそ“プチすっとんぱったん”があった今朝だったのであり。

 “ホント、退屈しないよね。”

こうまで想いも拠らない騒ぎを、
それはあっさりと起こしてくれるんだものねと。
今朝は それこそ驚いた反動もあってのこと、
ちょみっと本気で怒ってしまったブッダ様だったけれど。
痛くはないらしいが、何だかもぞもぞとはするらしい喉を気にしてだろう、
時折 咳払いをしつつ、手のひらをあてるイエスなのを見るにつけ。
そこは慈愛の如来様で、さすがに可哀想だなとお思いになられたか。

 「…反省したなら、封印を解くおまじないをしてあげるけど?」

満願成就の一日を待たず、途中で剥がしたほどの力持つ釈迦牟尼様だけに、
そっちの力もお持ちらしかったが、

 「うん…でも、あのね、」

どこか苦しげな、掠れた声で応じたイエスは、
それにしては…先程ほど打ちひしがれてもないようで。

 「あのね、この声ってサ。」

少しは効力も薄れたものか、聞こえやすくなって来たその上、

 「何か、カッコいいと、思わない?」
 「はい?」

ようよう見やれば、自慢の角度を取っている“キメ顔”のイエスであり。
口元も引き締めての、何とか絞り出した声にて何とか言い連ねたのが、

 「渋いというか、男の色香を感じさせる声というかvv」

ふふんと気取った笑みを浮かべての、
もしかせずとも上機嫌でさえいる様子。
そんなお友達なのへ、

 「…君って本当に立ち直るの早いよねぇ。」

同情する必要はなかったかもと、
呆れ半分というお顔とお言いようになったブッダ様。
そのまま ついと卓袱台の傍から立ち上がり、
夕食の下ごしらえに取り掛かるものか、キッチンスペースへと向かったものの。
冷蔵庫を開けると、さっき商店街にて買って来たらしい、
チョココーヒー味のパピ○を取り出して。
外包装を開け、取り出したアイスを半分こにし、
居間へ戻って来つつ ほれと差し出すところから察するに。
午前中のずっと、取り付く島のなかったほどのお怒りも、
さすがに何とか去ったようであり。

 「うん、ありがと、ブッっダ。」
 「ほらぁ、まだ掠れているのに無理しない。」

カッコつけた話しようが、だが、
語尾で失速したか咳き込んでしまったのへと、くすすと笑い、
ずんと喉が渇いてるんでしょと、
自分もチューブの先を咥え、食べてというのを促せば。
甘いものには目がないイエス様、
うんと頷き、同じように口をつけたものの、

 「………あ。」

喉へと染み入る何かがあったか、
ハッとしたそのまま顔を上げてブッダを見やる。
それへと応じてのこと、
ピッと右手を挙げて、指そろえのVサインをする彼で。

 「セクシーな声とやらは、没収させていただきます。」
 「うん。凄いなぁ、あっと言う間なんてサ。」

ということは、やっぱり罰としての放置だったわけだが、
それへと不平を鳴らせる立場でなし。
それ以上に…そこへとピンと来ているかどうかも怪しい
イエス様なようであったりし。(おいおい)

 “だって、これじゃあどっちへの罰だか。”

今も大好きなアイスへ相好を崩しておいでの、
何とも無邪気なその笑顔も、勿論のこと大好きだけれど。
それ以上に…楽しい楽しいと朗らかに笑ったり、
ブッダへと甘えたり、キメて見せての気取ったり。
時々は、困ったようと泣きついてみたり、
もっとの時々には、

  案じてくれてのこと、
  低められた良いお声で 静かに囁いてくれたりもして。

 『大丈夫だからね。』
 『ずっとずっと、一緒にいようね?』
 『大切にするからね?』

あの、とっても大事な告白をし合った宵に
初めてのキスのあと、
いたわるようにと囁いてくれた甘い声が 一番好き。
それはそれは優しくて頼もしくって、
何度思い出しても嬉しくて…

 「………。//////////」

その後だって、何につけ励ましてくれたし、
言葉を惜しまぬ彼のその声が、
どれほどのこと、自分を支えてくれたことなやら。
それを思えば、

 “いつもの声がやっぱり一番好きだもの。”

ついつい にやけの、ふやけそうになりかかる、
つまりは“声”でもイエス様にぞっこんな、ブッダ様だというわけで。


  「うん、明日はやっぱりカラオケボックスに行こうね。」
  「え〜〜?」





   〜Fine〜  13.08.31.


  *ちょみっと方向を変えて…というか、
   ネタ的な思いつきが幾つかありましたので、
   別のお部屋で挑戦した“お題”に乗せてご披露ということで。
   ネタ優先となりますので、
   日頃のカラーではなくの、少々ドタバタしますが、
   (イエスのパンの話に近いかも…)
   どうかご容赦を。

                      次話 『
君の好きな唄』 へ

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv


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